当時の薬や状態

薬のピーク時は、抗不安薬のソラナックス(0.8mg)、レキソタン、抗うつ薬のアモキサン、レスリン、トリプタノールorアナフラニール、睡眠導入剤のマイスリー、パニック発作時の頓服に出されたワイパックス、脈を下げる薬、胃腸薬だった。抗不安薬のソラナックスは、通常には0.4mgだが、丸い形の0.8mgを1日3回になっていた。

薬については、こんな思いもあった。
初めて心療内科を訪れ処方箋をもらい、薬局の受付で待っていた時、前の人がごっそりと薬をもらっている場面を目の当たりし「こんなに大丈夫なの?」と驚きと心配な気持ちを抱いた。
その時は自分がそうなることなど想像もしていなかった。
それが、自分もごっそりと薬を受け取っている。薬をもらう際、薬剤師が薬を説明する時間が嫌でしょうがなかった。
周りに聞こえる、周りに見られている…。知られるのが嫌で恥ずかしかった。自分がこれだけの薬を服用しているという事実も認めたくなかった 。当時の心境を解くと、心の病に対する偏見があったからだといえる。

ソラナックスは、過換気性症候群と診断された初期の頃に服用を始め、全ての服用を止める最後まで飲み続けた薬だった。
特に抗不安薬は、副作用に眠気を生じることがいわれているが、私の場合、眠気など全く生じなかった。個人の効き方の違いもあるようだが、それだけ、緊張状態にあったのだと思う。
当時、薬は命のようなもの。万一の事態に備えて、薬を備蓄するために心療内科をいくつも通っていたこともあった。

病の症状は、まさにパニック障害であった。
自由がきかないことで、日常生活では支障が生じた。
電車、車の運転、床屋、歯医者、レストラン、映画館…。
電車は特に急行や満員電車は不安で怖くて絶対に乗れなかった。新幹線、飛行機は論外だ。
動悸や何とも言えない不安感の生じているときは、一区間でさえも乗り込むことができない。
よく一般的な書物には、パニック症状として「動悸、めまい…」などと書かれているが、そんな表面的なもの、経験している様なものではない。何とも言い表せない、肉体的症状と共に不安感、恐怖感に支配される。
絶対死ぬようなものじゃないから…そう考えればいいんだよ…。こう言ってくれる人もいるが、そんなものではないのだ。パニック障害になった本人が一番理解している。

それまで好きだった車の運転は、空いている道路、路肩のある道路が運転できる範囲になっていた。
高速道路、橋、トンネル、渋滞でも、様々な症状にみまわれる。

床屋は拷問台に向かう心境だった。流行っていない10分カットの店を選び、空いている朝一番に行った。
その10分足らずでも、カットを終えると相当のエネルギーが吸い取られる感覚だった。
床屋でも、色々な症状が起きる。
頭から血がスーと引くような感じや、息苦しさ、動悸、めまい、ほてり、不安感、恐怖感、手が汗ばみ口は渇く、これら症状が都度違う。
そして、床屋も完全に行けなくなっていった。

職場でも支障はあった。
パニック症状とうつの併発により、同じ会社で三度休職している。
特に辛かったのは、会議、朝礼や昼礼、社内食堂での昼食、通勤電車。

会議の時は、できるだけ出口に近い席を確保するようにしていた。
しかし、主催者の場合はそうはいかない。息苦しさ、めまい、何と言い表せない辛さ、不安…。
社内食堂で昼食をするのも辛かった。
食べる時はその場にいないといけない。食事を選んで取るときと片付ける時には列に並ばないといけない。しかも食器を手にしているから目眩など起きたらまずいと考えてしまう。常に緊張状態で、味わって食べている余裕などもない。我慢するにも限界を感じてから、節電で消灯された暗い職場のフロアーで1人机で、おにぎりかパンを食べるようになっていた。
誰にも、平静を装いパニック障害であることは話せず、1人仕事場で食べてる私は、変わり者だと思われていただろう。

自宅では、1人の夜に怯えることもあった。
乗り物を避けて旅行にもいけなくなった。普通に楽しむ場所にいけなくなってしまったことについて、自由が奪われ、まるで刑務所にでもいれられた様な気分で、何か悪いことをしたんだろうか…と本当に思い悩んだ。
楽しみも奪われ、ストレス発散もできず、うつ状態にも陥った。

今克服できて、当時を振り返ると、自然に涙溢れることもある。
何が涙してしまうのか考える。当時は、自分を認めることのできない自分がいた。誰にも言えない苦しみに耐えるだけの自分。そんな自分を否定していた。今になって、そんな自分を認め賞賛しているからかもしれないと思う。

克服して変わったことは、今生きていると実感できること。感じられることが幸せと思えること。
そして、確かなことは、病を克服できたということ。当時からする治せると考えられなく、今の様な活動など出来るようになるなど想像がつかなかったことだが、今、私はやりたい事の為に会社を辞め、カウンセラーとして、そして講師として、セラピー活動やスクール活動をしている。そこでは長時間、大勢の前で話しをしている自分がいる。
床屋では、うとうとしている自分がいる。
電車では、乗り過ごしてしまう程にリラックスしている自分がいる。
常に十数年、脈拍が110を超えていたが、今は70前後。そして薬はない。

過去には、何度か諦めかけた自分もいた。もしも諦めていたならば、時間は止まり、全てが後悔となっていたと思う。
諦めさせなかった原動力は何かと考える。確信と復讐心と希望だった。

続き▶パニック障害を長引かせた原因 

 

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